岩井亜咲さん

受講生インタビュー

岩井亜咲さん

2026年 パスカル・ロジェ教授 ピアノクラス 受講生

ショパン国際ピアノコンクールに2度挑戦した経験を持つピアニスト・岩井さん。2回目の本選は、コロナ禍を経て、1年延期された中でのステージでした。コンクールは「つらい」と語る一方で、その挑戦がピアノにより積極的に向き合うきっかけにもなったといいます。アカデミーでは「アサキワールドができている」と評されたことを通して、自分の音楽をそのまま受け止めてよいのだという確信を得たと話されました。自らの“核”となる音楽観を見つめ続ける岩井さんに、お話を伺いました。

「音が、言葉になるまで」

―まず、ご出身から伺ってもいいでしょうか。プロフィールを見ると北海道のお生まれですが、今は埼玉とのつながりが深いですね。

はい。生まれは北海道ですが、小学校6年生で埼玉に移りました。父の仕事の都合もあったようですけど、後から母に聞くと、実は私の進学のこともかなり考えていたみたいで。もし音高に進むとなった時に備えて、早めに関東に出ておいた方がいいんじゃないかという思いがあったみたいです。

―お母様、かなり先を見ておられたんですね。しかもご家族に音楽家がいらっしゃるわけではない。

そうなんです。家族の誰も音楽をやっていないので不思議なんですけど、母は「この子は音楽が好きそうだ」と思ったそうです。

-その“好き”が、ここまでずっと続いてきました。岩井さんの“ピアノが好き”の根っこはどこにあるのでしょうか。

小さい頃から、とにかく歌うことが好きでした。ピアノって、私にとっては“音を出す”というより、“歌う”感覚に近くて。声は出ていないんですけど、自分の中ではずっと歌っているようなー。だから、クラシックでも何でも、全部“歌っぽく”なってしまう。でも、その感覚を一番表現できたのがピアノでした。

-小さい頃から数々のコンクールで素晴らしい結果を残されていますが、順風満帆というわけではなかったとか。

札幌のレベルは本当に高くて。周りに上手な子もたくさんいて、自分は賞も取れず―「わたしはダメなんだな…」って、自己肯定感は低かったと思います。レッスンも厳しかった。でも今思うと、ものすごく細かく丁寧に教えてくださっていたんだと感謝しています。

ーその先生が、藝高の存在を教えてくださった。

はい。「こういう学校があるよ」と。先生ご自身も受験されたことがあったそうで、そういう話を聞いているうちに、「そんな世界があるんだ」と思うようになりましたが、音大に進むなんて、思ってもいませんでした。

ーそして小学5年生で初めて大きな賞を取られました。

その時に、初めて「やっと認めてもらえた!」って思えたんです。もしあの時、結果がなかったら、続けられなかったかもしれないって思います。

ー藝高、藝大と進まれて、その後はショパン国際ピアノコンクールをはじめ、数々のコンクールに挑戦されました。外から見ると華やかですが、実際は相当なプレッシャーですよね。

やっぱりコンクールは、つらいです。演奏している瞬間は、幸せなんです。でも、それまでに向き合わなきゃいけないことがすごく多くて。特に大きいコンクールになると、演奏だけじゃなく、取材や撮影、“見られること”そのものへのプレッシャーも増えていきました。

ー「いち音楽ファン」としては、色々な角度から演奏家を知れるのは幸せなことですが、見られる側は、演奏以外の部分まで可視化される時代ですものね。

そうなんです。音楽だけに集中するって、実はすごく難しい環境だなって思いました。ショパンコンクールは2015年の予備選に参加していたので、2021年は2度目でしたが、まだ若かったこともあって、精神的にもかなり追い詰められていたと思います。

ーでも、その経験が、今の岩井さんの音楽観に繋がっている気がします。

そうですね。海外に行って、「自分のやりたいことは、思っている以上に出さないと伝わらない」ということを強く感じました。日本だと、「まとまっている」ことが良しとされる部分もあると思うんですけど、海外ではもっと、「あなたは何を表現したいの?」をいう部分を見られている感じがします。

-技術の先に、“その人の音楽”があるかどうか、ということでしょうか。

そうだと思います。2回目のショパコンの時は、本大会にこそ進めませんでしたけど、「自分のやりたいことは出せた!」という感覚があります。演奏の好き嫌いはあったと思いますが、「あの演奏が記憶に残っている」って言ってくださる方がいて、それがすごく嬉しかったです。

-岩井さんは、“ショパンが好き”ということをとても率直に話してくださいますよね。

はい、好きです。ショパンのコンクールって、好きな曲だけで出られるんです。そんな幸せなこと、なかなかないと思うんです。いい意味で、“ショパンの人”って思っていただけたら嬉しい。自分の長所を伸ばしていきたいと思えるようになったのは、ショパンのおかげ。もちろん他の作曲家も弾きますけど、自分の核にあるのはやっぱりショパンだと思います。

-ショパンコンクールはもちろんですが、東京でのリサイタルも動画で拝聴しました。演奏もさることながら、曲間のトークが魅力的で。演奏との空気感がちゃんと繋がっていたし、実際に岩井さんの曲説明の中には、一生忘れないだろうなという部分がいくつもありました。

ありがとうございます(笑)。お話するの、結構好きなんです。クラシックって、どうしても難しく感じられがちですけど、「あ、この曲そんな感じなんだ」って、少しでも身近に感じてもらえたらいいなと思っています。自分も話すことで緊張がほぐれるんです。お客様の顔を見ながら話していると、「一緒に音楽を楽しもう」という気持ちになれるので。

-さて、今回の京都フランス音楽アカデミーでは、パスカル・ロジェ先生のレッスンを受講されました。公開レッスンは会場に入りきれないぐらいの観客であふれていましたが、ロジェ先生のレッスンはいかがでしたか?

ずっと演奏を聴いていた先生だったので、一度お会いしたいと思っていました。レッスンはいい意味で想像と違っていて、もっと細かいことをたくさん言われるのかなと思っていましたけど、そうではなく、“音楽そのものの美しさ”を見せてくださる感じでした。先生が弾かれるだけで、「ああ、こういう世界なんだ」と自然に伝わってくる。

ー言葉以上に、音そのものから学ぶレッスンだったということですか?

そうですね。もちろん具体的なお話もあったんですけど、特に印象に残っているのはペダルです。ドビュッシーで、「そのペダルはいらない」ってかなりはっきりおっしゃっていたのには驚きました。今まで信じてきたものとは違った解釈でしたけど、先生の言われる通りにしてみたら、すごく自然になったんです。「こういうことだったんだ!」と、腑に落ちました。

ーショパンを弾いた時には、「アサキワールドができてるね」と言われたそうですが。

本当に嬉しかったです。「自分の芯の部分は、このままでいいんだ」って思えました。もちろん直すべきところは直していかなきゃいけないですけど、“自分らしさ”まで消さなくていいんだな、と。

-今後は、演奏活動と並行して指導にも興味を持っておられるそうですね。

はい。最近すごく興味があります。コンクールや受験を目指す方向けはもちろんですが、「音楽って楽しい」と自然に感じてもらえるようなレッスンもできたらいいなと思っています。ピアノのクレール先生のレッスンを聴講したときに、音楽の気持ちいいところを先生が実際に弾いて示す姿を見て、「こういう教え方をしたいな」と指導方法で参考になることもたくさんあり、勉強になりました。

-大きな国際コンクールを含め、ご自身が経験してきたからこそ、伝えられることがありますね。

小さなミスよりも「もっと伸び伸び弾いていいんだよ」ということも伝えたいです。私自身、無難に演奏するより、自分のやりたい気持ちに従った演奏の方が後悔していません。自分を信じながら、私自身も、もっと表現力を高めたいです。

-最後に、これからアカデミーへの参加を考えている方へメッセージをお願いします。

この教授陣の演奏を、生で浴びられることが本当に大きいと思います。レッスンだけじゃなくて、“フランスの空気”そのものを感じられる場所です。京都という街で過ごすことも含めて、音楽に集中できる特別な時間を体験できると思います。私もまた参加できればうれしいです。

 

コンクールという厳しい世界を経験しながらも、“自分の音楽”を見失わずに歩んできた岩井さん。ロジェ先生から「アサキワールド」と評された音楽は、これからさらに多くの人の心に届いていくことでしょう。
演奏と言葉、そのどちらにも誠実に向かう姿が印象的でした。ありがとうございました。


公開レッスン写真撮影:中西紀郎