海外で音楽を勉強しようと思ったたことはなかったけれど、国内にいながら国外の教授のレッスンが受講出来る点に魅力を感じ、京都市立芸術大学大学院に在籍中の2009年、「アカデミー」に参加、見事スカラシップを受賞した。 4歳の頃からヴァイオリンを習っていたものの、演奏会に初めて足を運んだのは中学生の時。そしてその日耳にしたヴァイオリンの音色に衝撃を受けた。「自分もこんな音を出したい!」。それまで師事していた先生に相談し、指導者を代えて本格的に音楽に取り組み始め、この頃から音楽を専門に生きていこうと決意したそうだ。
スカラシップを受賞して留学の機会は訪れたものの、「家族はまったく音楽に関心がなく、留学することを納得してもらうのが難しかった」そう。早くから楽器に親しんでいたが、「両親共に音楽とは全く無縁。進学に関しても『こうしなさい』『ああすれば』などと干渉された事は一度も無い」と言うのだから、驚きだ。兵庫県西宮市に生まれ、同志社女子大学学芸学部音楽学科でヴァイオリンを専攻。必修科目だったヴィオラの授業でその低音の魅力に惹かれ、同大学を卒業した2008年、京都市立芸術大学大学院にヴィオラ専攻で進学した。
大学院在学中のまさかの留学の話。「これはチャンスだ!と思いました」。休学を決意し、2009年9月にエコール・ノルマルへ。「行っちゃった、という感じ」と、朗らかに笑顔を見せる。
降って沸いたようなフランス生活。始めの4ヶ月間は音楽以外の理由で辛かったそうだが、フランスならではの思い出深いことも沢山体験した。オペラを聴きに行ったものの、美術係のストのために舞台装置が一切ない。しかし観客が舞台を盛り上げ、舞台と観客が一体になって演目は最後までやり通されたとか。また、17区のアパルトマンに住み始めてすぐこと。練習中に突然ドアが叩かれた。「もしかしたら音がうるさくて怒られるのだろうか!?」と、おずおずドアを開けると、40台とおぼしき住人が「セ・マニフィック! もっと弾いて!」と喜び勇んで飛び込んできた。自分の祖父がヴィオラを弾いていたので、永井さんのヴィオラの音色を耳にして嬉しくなり、思わず扉を叩いたのだと言う。
授業に関して印象的だったのはバッハの講義。それまでは「~しなければいけない」と、規則ばかりを指摘されてきたが、「バッハは自分だけの曲で良い」「自分の言葉で演奏しなさい」「この曲は食事をする前の曲だから、誰もちゃんと聴いてないよ!」など、今までの考えを根底からひっくり返されるような指導の数々。その一つ一つが忘れられないと言う。様々な個性を持った演奏を認める許容量の深さを実感。「もしずっと日本にいたら、この自由さが分からないままだったと思います。音楽を自由に作ることの楽しさ。でもその分、自分で考える事も必要。日本でダメだと言われてきた部分を厳しく追及していくことも必要だけれど、自分の演奏の良い部分を認めてもらい、かつ厳しい指摘もしてくれるレッスンが楽しかった」。
あっという間の1年間。「もっと準備をしていたら更により良いものになったかもしれません。特にフランス語を理解出来たら絶対違っていたはず」と、振り返る。レッスンは基本的に英語で進められたそうだが、「ノッて」くるとフランス語に。「細かい部分が分からず歯がゆかった」と肩をすくめるが、努力と勤勉さ、大らかな人柄で乗り越えてきたことが見て取れる。「面白い人や印象深い人、素敵な演奏をする人にたくさん出逢いました。一人ひとりの名前は思い出せなくとも、一緒に過ごした思い出深い時間は忘れられません」。
大学院に復学するため、2010年に帰国。翌年3月に同大学院を卒業。音楽に関してはほとんど一切干渉しなかったというご両親だが、一貫して言われてきたことは「独立すること」。インターネットで偶然見つけた広島交響楽団のヴィオラ奏者募集の記事。両親が共に広島県出身だったこともあり、オーディションを受けたところ、見事合格。2011年11月に正式に入団した。
それまでは好んで人前で演奏してきた方ではなかった。しかし今は仕事として、プロとしての演奏が求められ、その厳しさを痛感していると言う。全く知らない曲がどんどん舞い込んでくる。譜読みが追いつかない。「こんなに本番に緊張するはいやだ」と思ったことは一度や二度ではないとのこと。アンサンブルを演奏したいという意気込みを持った団員も多く、定期演奏会以外でも弾く機会が多いとか。その流れの速さに付いていけなくて自信を失いかけていたとき、先輩からアドヴァイスを受けた。「『緊張ばかりで楽しめない』『失敗しちゃダメ』でなくて、楽しむことを大事にしよう!」。意識を変えよう、そうでないとお客さんに伝わらないと、考えを改め始めたそうだ。
「良い演奏をしつつ自分も楽しむのは難しいことですが、素晴らしいソリストの演奏を耳にする度に、美しい音楽を身近に感じられるこの職場がありがたいと痛感します」と、笑顔を見せる。本番3日前のリハーサル。忙しい時期は月に2日間しか休みがないということもある。地方公演もあり多忙を極めるが、演奏会が終わると感想を言いにきてくれるお客さんもいるそうだ。月一回の定期演奏会には必ず団員全員分のシュークリームとおにぎりを差し入れるという、同楽団の「ファン」がいるとか。「若い子がんばれ!」「このオケの長年のファン!」と、いつも声を掛けてくれるその「ファン」の存在は、きっと計り知れない程大きいだろう。
忙しい仕事や練習の合間を縫って、2013年に再びアカデミーに参加。「仕事詰めの生活から少し抜け出して、外国の先生のレッスンを受けると、自分の考えが更に拡がります。それは音楽だけではなくて『生き方』そのものも含めてです。今後も休みが合えばアカデミーを受講したいし、機会があればもう一度フランスで学んでみたいです。その時はきっと、学生の頃とは違う留学になるでしょうね」。今は「言われてやることが全て」と肩をすくめるが、いつか自分で企画してヴィオラのソロや、ピアノとのデュオのコンサートを開きたいと、夢を語る。「アカデミー」の受講を考えている人には、「素晴らしい教授陣からはもちろん、共に受講する仲間に会うことで、自分の世界が拡がります。ぜひ挑戦してみて下さい!」。と、自身の体験を踏まえた言葉を聴かせてくれた。
ご両親からの「独立すること」という厳しく優しい言葉に応え、現在はプロとして活躍している永井さん。広島県のみならず、関西でも関西フィルにエキストラとして演奏することがあるそうだ。永井さんのヴィオラの音色を聴いて、子供の頃の永井さんのように、音楽の道を目指す子供達がきっとどこかにいるだろう。