菅沼千尋さん

受講生インタビュー

菅沼千尋さん

2025年 マリー=テレーズ・ケレール教授 声楽クラス受講生

小学5年生から声楽を学び始め、東京音楽大学・大学院で研鑽を重ねてきた菅沼千尋さん。現在は、演奏と指導の両面で活動の幅を広げています。長年の蓄積を携えて臨んだ今回のアカデミーでは、表現の深さと声の可能性に真摯に向き合う姿が印象的に残りました。各クラスから選抜された受講生による修了コンサートでは、歌劇『ハムレット』より「私を遊びの仲間にいれてください」を通して、作品に内在する感情を丁寧にすくい取るような歌唱を披露してくれました。

「挑戦」―自分との闘いの連続だった2週間

―声楽を始めたきっかけを教えてください。

小学5年生の時に学校に合唱団ができ、「絶対入りたい!」と父にお願いしたところ、「下手だと迷惑をかけるから基礎からちゃんと習いなさい」と言われたのがきっかけです。もともと音楽は好きで、ピアノは4歳から続けていました。音楽が身近にある家庭で育ち、声楽の世界にも自然に入っていきました。

―小学5年生からというのが驚きですね。どのような先生に習われたのですか?

町の音楽教室にいらした、オペラ出演もされるテノールの先生です。その先生の影響でオペラの曲にも親しむようになりました。

―高校進学時も音楽の道を考えていたのですか?

音楽高校に行く選択肢もありましたが、両親の勧めで普通科に進学しました。ただ、声楽のレッスンはやめずに中高とも同じ先生について、ピアノも同時進行で続けていました。学校外で声楽を学びながら、ピアノやソルフェージュは別の先生に習う、という高校時代でした。

―念願かなって音楽大学に進学し、大学院にまで進まれました。

東京音大に入って、ようやく「水を得た魚」のように学ぶ喜びに満たされたと言えます。まず、図書館で多くの楽譜に自由に触れられることがうれしかった!興味のある作品にすぐアクセスできる環境が整っているというのは、ありがたいことです。同級生と一緒に課題に向かって悪戦苦闘する日々を通して、仲間と学ぶ楽しさも実感しました。と同時に、思っていたほど自分が上手くない、ということも思い知らされました。

―それだけ技量や志しの高い仲間に囲まれていたということですね。大学院生活を経て、進路についてはどのように考えるようになったのでしょうか?

いくつか海外のアカデミーに参加し、大学の提携プログラムなども利用しましたが、なかなか「この先生だ」と思える方に出会えずに迷っていたら、大学でお世話になったフランス歌曲の先生にこのアカデミーを紹介され、参加を決めました。フランス音楽だけが目的ではなく、自分に合う先生に出会いたいという思いが強かったです。

―実際に受講してみていかがでしたか?

本当に来てよかったです!マリー=テレーズ先生は、生徒一人ひとりに的確なアドバイスをくださる素晴らしい先生です。自分の「本当の声」で歌うことを大切にされていて、無理な課題を与えず、10年・20年のスパンで成長を見てくださいます。これは他の生徒のレッスンを聴講していても、自分が受けていても感じたことです。大学院を卒業して1年ほどは、演奏会に出演したり、音楽学生を教えたり、フリーで活動することにはやりがいを感じますが、正直、“孤独”とも言えます。仲間がいて、同じ目標に向かって一緒に進んでいた大学時代と違い、今は「太平洋を一人で泳いでいる」ような感覚です。だからこそ、今回アカデミーで同じ志を持つ仲間たちに出会えたことは、とても励みになりました。

―クラスの雰囲気はどうでしたか?

声楽の受講生は私を入れて、11人。皆さん非常に熱心で、回を重ねるごとに変化していくのが分かりました。先生の指摘をすぐに反映しようと模索し、休み時間に話していても「そういうこと考えているんだ!」という発見の連続です。勉強熱心な方ばかりで、刺激的な2週間でした。

―日本とフランスの指導の違いはありましたか?

私は日本で非常にバランスの取れた先生に出会えているせいか、それほど大きな違いは感じませんでしたが、一般的には違いがあるのではないでしょうか。日本では若い時から大曲を歌わせる傾向があるような気がします。それが試験やコンクールでは高評価につながるのでしょう。でもマリー先生は、「声の成長」を大事にされておられました。

―「声の成長」とは?

喉というより、「声」そのものを育てる感じ、と言ったらいいでしょうか?声は、使って育てるもの。誤った指導を受けると声帯を傷めてしまう危険もあります。生徒一人ひとりの年や喉の成長具合に合わせた曲選びをしてくださる方だと思いました。

「声」ということで言うともう一つ。日本ではクラシックであまり使われない「胸声(地声)」を、フランスでは大切に扱うと教えていただきました。胸声を混ぜることで、オーケストラに負けない強い声をつくるという考え方が新鮮でした。マリー先生のレッスンは「圧倒的」。今、私自身も音楽学生を教える機会がありますが、伝えたいことをどう言葉にすればよいのか、もどかしさを感じることが多くあります。でも、マリー先生の指導方法を知り、自分の生徒にも使えるようなテクニックや練習方法に、「これだ!」と思う発見の連続。教える立場としても、たくさんのヒントをもらいました。

—今回のアカデミーでの経験を、今後にどうつなげようとお考えですか?

今後は、オペラの本場である海外に留学することを視野に入れています。ただ「海外だから」という理由ではなくて、信頼できる先生と連携しながら、確信を持って一歩を踏み出したいと思っています。この2週間は、自分自身と深く向き合いながら、素晴らしい先生方や仲間との出会いを通して、全国に同じ志を持つ人がいることを実感できる、貴重な期間でした。声楽を学ぶ者として、また教える立場の者としても、多くの学びがありました。この経験を糧に、ここからまた一歩ずつ前に進んでいきたいと思います