渡辺奏子さん

受講生インタビュー

渡辺奏子さん

2026年 ステファニー=マリー・ドゥガン教授 ヴァイオリンクラス/ディアナ・リゲティ教授 特別演習 「Concerts fleuris – コンセール・フルリ」 受講生

小学生時代にプロのオーケストラや弦楽四重奏との共演を経験し、音楽の道を志した渡辺さん。中高一貫の普通科から、桐朋学園女子高等学校音楽科(男女共学)へ進学し、首席で卒業。現在は桐朋学園大学音楽学部で研鑽を積んでいます。京都フランス音楽アカデミーには昨年に続いて2度目の参加。「新しい引き出しを開いてもらった」と語る渡辺さんに、オーケストラや室内楽への強い思い、そしてこれからについて、話をうかがいました。

「誰かと音楽を作る、その先へ」

— お名前に、“奏”の字が入っていますが、音楽を始めたきっかけはご家族ですか?

母が趣味でヴァイオリンを習っていましたが、父はまったく音楽には関係なくて、習い事のひとつとして始めました。4つ年上の姉の友人がヴァイオリンを習っておられて、その方の先生を紹介していただいたところ、本格的に音楽を学ぶ生徒が多い環境だったせいか、私も自然にコンクールなどに挑戦することになりました。とはいえ、音大や音高に行くことは全く考えていませんでした。

— 音楽の道を志すようになった転機はいつだったのでしょうか。

小学校5年生の時に、大きな経験が二つ。一つは「ハマのJACK」でNHK交響楽団のメンバーを中心としたオーケストラをバックにコンチェルトを弾かせていただいたこと。プロの演奏は「背中の温かさ」というか、「頼もしさ」が全然違いました。この経験をしてからは、いつも通りにピアノ伴奏で弾いても、背中を風が“スーッ”と抜けていくような感じがして、「今までとは違う」と感じたことを、今でもよく覚えています。もう一つは読売交響楽団の首席の方らと弦楽四重奏を弾いたことです。オーディションを受けて機会を得たのですが、「これを自分の仕事にしたい!」と強く思いました。どちらも強烈な体験でしたが、特にカルテットは「自分がこの中に入りたい」と感じた、より強烈なターニングポイントでした。

— そこから本格的に音楽の道へ?

いえ、なかなかそうはいきませんでした。父がかなり慎重な人だったんです。音楽の世界で生きることを、不安定だと思っていたのかもしれません。大分渋っていたので「勉強も頑張るよ」という姿勢を示すために、中学受験をしました。

―音高ではなく、普通科を受験したということですか?

そうです。中高一貫の普通科です。父を安心させるためでもありましたし、当然、6年間通うつもりで入りましたが、正直、中学最初の中間試験で、「音楽と勉強の両立は、簡単じゃない」と痛感しました。試験前はヴァイオリンを触る時間がないし、先に練習して、一夜漬けで試験に挑んだこともありました。「じゃあどうする!?」と自問自答すると、「やっぱり自分にはヴァイオリン」という答えが返ってくる―。中学2年生ぐらいの時からは、少しずつコンクールで成果が出るようになり、徐々に父も心変わりをしたようでした。今も師事している桐朋学園大学学長の辰巳朋子先生から、技術中心の練習ではなくて「音楽全体を見る」ことを教えていただき、「音楽が楽しい!」と感じるようにもなっていました。今の自分の基盤になっている、“木ではなく森を見る”という感覚を教えていただいたのも、辰巳先生からです。「やっぱりヴァイオリンの道を進みたい」という気持ちが高まり、音高を受験することを決めました。

—コンクール受賞やヴァイオリンへの熱意が伝わり、念願の音高に入学されたのですね。お父様は納得されましたか?高校時代はどのように過ごされたのでしょうか。

実は、高校1年の夏に、父が亡くなりました。それが理由かは分かりませんが、コンクールでもレッスンでも、うまくいかなくなるばかりでしたー。今振り返ると、高校時代は、音楽を続けるか、それとも軌道修正をして普通の高校に行くか、悩み続けていた期間だったように感じます…。でも、中学生の頃に芽生えた「音楽が楽しい」という気持ちは強くて、やめる決断ができなかったー。結果的に、「何があっても音楽で生きていくしかない」と覚悟を持つようになった、そんな高校時代でした。

—覚悟をもって音大に入り、昨年に続き、今年もアカデミーに参加された理由を教えてください。

先輩方が数多く参加されていたことと、母の地元が京都だったことがきっかけです。昨年初めて参加して、「なぜもっと早く来なかったんだろう」と思いました。

— 今年は特別演習の室内楽Concerts fleurisを受講され、リゲティ教授(チェロ)らとフルート四重奏をはじめ、G.フィンジの歌曲にも取り組まれました。

管楽器を含むアンサンブルは、普段なかなか経験できない編成なので、とても刺激的でした。また、演技を伴う作品にも挑戦しました。弾きながら言葉を発するのは本当に難しくて、自分の殻を破る必要がありました(笑)。

―”フルリ“の演奏会、拝聴しました。渡辺さんの発声や抑揚の付け方があまりにも素晴らしかったので、ヴァイオリニストがどうやってあんな風に気持ちを込めてセリフが言えるのかと、不思議に思いながら聴いていたのですが。

弾くより大変でした(笑)。発声するために固定している顎を一旦離さないといけないですし、楽譜に抑揚やリズムは書いてありますが、日本人として染みついている俳句の五七五の感覚を、フランス語のリズムに落とし込まないといけなくて。大変でしたけど、まだご存命の作曲家の作品を演奏できたことや、小規模な環境で、室内楽の現代音楽に挑戦できたのは、ちょっと気持ちよかったです。

―室内楽の演習をはじめ、ドゥガン教授などフランスの先生の指導はいかがでしたか?

とても印象的でした。自分の「新しい引き出し」を開けてもらった感覚があります。音楽の構成を理解する力やソルフェージュの面を評価していただいたことで、自分の強みを初めて自覚できました。それと、「頭で考える音楽」と「心で感じる音楽」のバランスについても強く意識するようになりました。先生方がとても肯定的で、モチベーションを引き出してくださるところは、フランスの先生方ならではでしょうか。自分では「うまくいかなかった」と感じた演奏でも、必ず良い点を見つけてくださるーその姿勢にとても救われました。

— 海外で学ぶことについてはどうお考えですか。

興味はありますが、今は日本での基盤をしっかり築くことを優先したいと考えています。中途半端な状態で海外に出ても、その後につながらないという現実も理解しているので。

—まずはしっかり足場を固めたいということですね。ご自身の課題や将来の目標について教えてください。

課題は大きく二つあります。一つは、本番でのメンタル。緊張が演奏に影響してしまうんです。もう一つは、それを補う技術力。まだまだ足りていないという実感です。オーケストラや室内楽のように、「誰かと音楽を作ること」が自分にとって一番大切。音楽は「誰かに聴いてもらって初めて完成するもの」で、自分一人で弾くだけじゃない。聴いてくださる方と共有することで、初めて意味を持つ。だからこそ、常に人と関わる音楽を続けていきたいです。まずはオーケストラに所属することが目標です。その上で、室内楽なども含めて幅広く活動できる音楽家になりたいです。

— 最後に、アカデミーでの経験を今後どう活かしていくかをお聞かせください。

ここで得た「新しい引き出し」を、日常の中でも忘れずに持ち続けたいです。普段の生活に戻ると見失いがちな感覚ですが、それを意識的に保ちながら、次のステップにつなげていきたいと思います。

 

室内楽の現代曲では、ヴァイオリンに加えて発声にも挑戦された渡辺さん。「羞恥心を捨てられないことが分かりました(笑)」と、はにかみながら語る姿が印象的でした。誰かと音楽を作ることを大切にしながら、悩みつつも前へ進もうとする、その誠実で真摯な歩み。その先に、これからどんな「新しい引き出し」が開かれていくのか―。今後の活躍に期待が高まります。今日はありがとうございました。